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最高裁判例 調査官解説批評review


被災者生活再建支援法に基づき被災者生活再建支援金の支給決定をした被災者生活再建支援法人が支給要件の認定に誤りがあることを理由として当該決定を取り消すことができるとされた事例
(令和3年6月4日第二小法廷判決民集75巻7号2963頁)
横山詩土(山口県弁護士会)

第1 事案の概要等

1 解説をした調査官

  本調査官解説は、和久一彦調査官の解説(以下「本件解説」という。)である。同調査官は、平成25年4月1日から平成27年3月末まで最高裁行政局付を務め、神戸地裁などで判事を務めた後、平成31年4月1日から最高裁判所調査官に就任している。
 

2 事案の概要

(1) 被災者生活再建支援法(以下「支援法」という。)は、自然災害により生活基盤に著しい被害を受けた者に対し支援金を支給するとしているところ、住宅が損壊した世帯に対しては、住宅が大規模半壊以上した世帯に被災者生活再建支援金(以下「支援金」という。)を支給するとしている。

(2) 宮城県は、東日本大震災の被災者に対する支援金の支給に関する事務を、支援法に基づき、公益財団法人都道府県センター(以下「本センター」という。)に委託していた。
 本センターは、東日本大震災当時、仙台市a区に所在する鉄筋コンクリート造14階建てのマンションに居住していた世帯の世帯主ら(以下「本件世帯主ら」という。)に対して支援金の支給決定(以下「本件支給決定」という。)をしたが、後に支給要件の認定に誤りがあったとして本件支給決定を取り消す旨の決定(以下「本件取消決定」という。)をした。

(3) 本件世帯主らは、本件取消決定を不服として、その取消しを求めて行政訴訟を提起した。なお、本センターは、本件世帯主らに対し、支援金相当額の返還を求める不当利得返還請求訴訟(反訴)を提起した。
 第1審(東京地判平成30年1月71日)は、本件支給決定には瑕疵があるとし、本件世帯主の本訴請求を棄却し、本センターの反訴請求を認容した。
 控訴審(東京高判令和元年12月4日)は、本件支給決定には瑕疵があるとした上で、本件支給決定の効果を維持することによる不利益がその取消しによる不利益を上回っていることが明らかとはいえないと判示し、本件取消決定は違法であるとして本件世帯主の本訴請求を認容し、本センターの反訴請求を棄却した。
 本件最高裁判決は、本件取消決定は適法であるとして、原判決を破棄し、本件世帯主らの請求を棄却した(以下「本件判決」という。)。

第2 本判決の内容等

1 支援金の支給に関する制度の概要

(1) 支給要件

  支援法3条1項は、政令で定める自然災害によって、居住する住宅が全壊した世帯又は支援法2条2号ニが規定する大規模半壊した世帯に対し、支援金を支給すると定めている。

(2) 支給申請手続

 本件支給決定当時、支援金の支給申請は、市町村が交付する罹災証明書を添えて、世帯主が申請書を提出して行われていた。

2 本件における事実関係

(1) 平成23年5月11日、仙台市a区は、本件マンションの被害の程度が一部損壊である旨の罹災証明書を交付した。
 

(2) 平成23年8月20日、仙台市a区は、本件マンションの住民からの再調査の申請により本件マンションの被災状況を再調査し、被害の程度が大規模半壊である旨の罹災証明書(以下「本件罹災証明書」という。)を交付した。

(3) 本件世帯主らは、平成23年8月30日以降に支援金の支給申請を行った。その後、本センターは、平成23年9月26日から同年12月13日までの間に、本件世帯主らに対し、本件支給決定をし、その後に本件支援金を支給した。

(4) 平成23年12月15日、仙台市a区は、本件マンションの被害の程度が一部損壊に該当すると認定した。仙台市a区長は、当該認定に基づき、本件マンションの住民を対象とする説明会を開催した上、平成24年2月10日付で、本件世帯主らに対し、本件マンションの被害の程度が一部損壊である旨の罹災証明書を交付した。

(5) 平成25年4月26日、本センターは、本件世帯主らに対し、本件罹災証明書の認定に誤りがあることを理由に、本件支給決定を取り消した(本件取消決定)。

第3  本件解説の批評

1 行政処分の職権取消しの可否

(1) 本件解説の第3「1 行政処分の取消しについて」では、本件取消決定が行政処分の職権取消しに該当するとした上で、本件取消決定を認める「明文上の根拠は見当たらない」としつつ、「行政処分の職権取消しは、行政処分が法令又は公益(行政目的)に違反する状態を是正することを目的とするものであるため、明文の規定がなくてもすることができるという結論自体に異論はない」とされている。
 また、本件解説は、職権取消しに関する最二小判昭和31年3月2日(以下「昭和31年最判」という。)及び最一小判昭和43年11月7日(以下「昭和43年最判」という。)を挙げた上で、昭和43年最判が、昭和31年最判と比較して、授益処分の職権取消しが許される場合を限定した趣旨ではない旨を述べる。

(2) 職権取消しが認められるという結論には異議はない。
 また、過去の最高裁判例を比較検討した上で職権取消しが認められる範囲・基準についての解説がなされている点は評価できる。

2 受益処分の職権取消しの限界・判断枠組み

(1)  本件解説第3「行政処分の取消しについて」「(2)授益処分の職権取消しの限界(取消権の限界)」において、授益処分の職権取消しは、「一般的には、当該処分の取消しによって生ずる不利益と当該処分の効果を維持することによる不利益(公共の利益に関するものを含む。)とを比較考量し、その取消しを正当化するに足りる公益上の必要があると認められるときにすることができる」とされている。
 その上で、本件解説は、支援法の改正過程や立法時の答弁内容、過去の同種裁判例(社会保障給付に過誤払があった場合の取扱い)などを具体的に挙げ、本件支給決定の職権取消しの可否の判断における比較考量にあたっては、以下の点を検討すべきとしている(結論部分は本件解説第3「4 本件各支給決定の職権取消しの可否」(1)参照。)。

?@ 行政処分の瑕疵の原因、内容及び程度
?A 行政処分の効果を維持することにより害される公共の利益の性質、内容及び程度
A 支給の適法性及び平等原則の確保による制度の安定的運用
B 財政規律の確保
C 多数の者が迅速な支給を受ける利益
?B 行政処分の取消しにより名宛人その他の者が被る不利益の性質、内容及び程度
?C 行政処分の取消しの時期

(2)  比較考量にあたって検討すべき項目を、裁判例などから具体的に導いている点は正当である。
 もっとも、個別の解説については、以下のとおり解説が不十分ではないかと思われる点も存在する。

ア まず、上記?@の瑕疵の原因について、本件解説は「支援法の運用上・・・罹災証明書に依拠して行うという取扱い・・・支援法人であるY(筆者注:本センター)としては、この方法によるほかなく、上記利益(筆者注:支給に関する事務を迅速かつ効率的に処理できる利益)を自ら選択して享受したというのは困難」とする。
 しかし、あくまでも「運用上」の問題であったその他の方法を選択する余地が存在しなかったとは言えないのであれば、「自ら選択して享受したというのは困難」と評価すべきであったか疑問が残る。また、仮にその他の方法を選択する余地が存在しなかったとしても、本センターが事務効率化の利益を享受していたことは事実であるから、「罹災証明書の内容が事後的に変更されるリスク」は、本センターにおいて一定程度は負担すべきであったと考えることもできる。本件解説のこの点に関する説明は、説得力に乏しいと思われる。

イ 次に、上記?ABの財政規律の確保について言えば、究極的には、およそ全ての授益処分について当てはまることである。そのため、この点を検討対象に含めること自体は正当であるとしても、より具体的ないし説得的な解説がなされるべきであったと考える。

ウ また、上記?Bについても、同種裁判の高裁裁判例(東京高判令和元年7月24日)が指摘する、「控訴人らにおける支援金の給付を受けたからにはこれを直ちに費消することができるとの信頼を害し、不意打ちとなる程度は著しい。また、社会一般の見地からしても、このような場合にも支援金の返還を要するとすれば、被災者は、自らの全くあずかり知らない事情で支援金の給付決定が取り消される可能性を考慮して、支援金を生活再建のために費消することをためらわざるを得ず、被災地復興に資することを阻害しかねないことにもなり、支援金制度の実効性や支援金制度に対する社会一般からの信頼を害することとなる。」との点にも合理性がある。本件解説では、この点について「支援金をちゅうちょなく使用できる利益が一定の制約を受けるとしても、そのことから直ちに支援法の趣旨が害されるとまでは言い難い」としているが、上記別件高判の指摘に対する解説を具体的に行うべきであったと考える。

エ 最後に、上記?Cについて、本件取消決定が「約1年4か月〜約1年7か月が経過」した時点でなされたことを前提に、本件解説は、過去の判例において「行政処分から約2年10か月後及び約4年6か月後にされた職権取消しを適法としたものがある」とし、かつ、事前に説明会が開催されていることも理由に「不当に長期に及んでいると評価し難い」とする。
 しかし、他方で、行政処分の名宛人の出訴期間は6か月とされており、これとの比較で言えば、「約1年4か月」は「長期」と評価することも可能であると思われる。特に、職権取消しが明文規定に基づくものではない以上、職権取消しが可能となる期間を安易に長期とすべきではない。本件解説では、出訴期間との対比についての解説もなされるべきであったと考える。また、行政処分には公定力が認められているため、行政処分の名宛人は職権取消しが実施されることはないと期待するはずであるから、名宛人の予測可能性(あるいは信頼の確保)の点からも長期間経過後の職権取消しを安易に認めるべきではないと考える。
 その他、瑕疵の重大性の程度と職権取消しが認められる期間との関係について、比較考量の検討対象項目相互の関係についての解説があっても良かったのではないかと思われる。
 最後に、事前の説明会の開催は、理由にならないと考える。検討されるべきは、本件支給決定から本件取消決定までの期間であって、その間の事実行為としての説明会は何ら理由とならない。このことは、行政処分の名宛人が取消訴訟を提起する場合と同様であり(名宛人が処分庁に対して、事実上、不服を述べていたとしても、そのことによって出訴期間が延長されることはないはずである。)、本件解説の当該部分は蛇足であったと思われる。


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