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最高裁判例 調査官解説批評review


厚木基地航空機飛行差止訴訟判決の調査官解説について
(平成28年12月8日第一小法廷判決民集70巻8号1833頁)
斎 藤  浩(大阪弁護士会)

1 ?d松晴子調査官の解説である。
 同調査官は判決直後に最高裁行政局第二課長に就任している。
 以下、当該判決を「本件判決」と呼ぶ。

2 過去の厚木基地民事訴訟への評価

 このいわゆる第4次厚木基地訴訟で、運航という事実行為に対し自衛隊機運航処分という不自然な構成をし、差止訴訟の基礎にしたのは、弁護団でも第4次訴訟の地裁〜最高裁でもない。いわゆる第1次訴訟の最高裁判決(最判平5.2.25裁判所ウエブ)である。そしてその後ろには大阪空港判決(最大判昭56.12.16裁判所ウエブ)が控えている。空港については民事上の請求は不適法とし、第1次訴訟最高裁判決もこの立場を継承したために、行政事件で争うしかないようにいわば追い込まれての結果である。
 不自然な行政処分構成をやめ、民事訴訟や当事者訴訟で争えるようにする責任は最高裁大法廷にあろう(脚注1)。
 これについて調査官解説は、さらりと訴訟経過を述べるだけで、とりわけの解説はしていない。

3 「我が国において自衛隊機の運航差止訴訟が 行政訴訟として 提起された初めての事例」

  行訴法の平成16年改正後の本事件を調査官はこのように表現している。そのことは初審判決(横浜地判平26.5.21裁判所ウエブ)の請求の整理を見れば理解できる。原告の主位的請求がそのようになっている。
 しかし初審判決は主位的請求そのものは認容せず、無名抗告訴訟としての差止め判決をした(予備的請求の確認訴訟は判断しなかった)。 法定差止訴訟を認容しない理由を次のように述べている。

 「法定の差止訴訟は平成16年法律第84号による行訴法の改正によって導入されたものであるが、同改正の立案に携わった者は、行訴法3条7項にいう『一定の処分』に関して次のように述べている。『民事訴訟などでは、一定の程度を超える騒音を発生させてはならない旨を命ずることを求める差止めの訴えが認められることがありますが、このような差止めを求める行為を処分によってもたらされる結果だけから特定し、その原因となる処分にはさまざまなものがあるため、具体的にどの処分の差止めを求める訴えであるかが特定できないような訴えは、<一定の処分>をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟であるとはいえませんから、第3条第7項の差止めの訴えとしては、適法な訴えとはいえないと考えられます』(小林久起『司法制度改革概説3・行政事件訴訟法』(商事法務、平成16年)185頁〜186頁)。本件自衛隊機差止めの訴えのうち航空機騒音が75Wを超えることとなる運航の差止めを求める部分は、正にこの記述が想定している抽象的不作為命令(本件に即していえば、『原告らの居住地において75Wを超える騒音を発生させてはならない』という命令)と実質的には同じというべきであり、この記述に従えば、法定の差止訴訟になじまないということになる。
 以上の検討によると、自衛隊機運航処分の差止めは、法定の差止訴訟によってこれを求めるのは困難であるといわざるを得ないから、無名抗告訴訟によってこれを求めるべきであり、無名抗告訴訟としてその要件を構成すべきである(塩野宏「無名抗告訴訟の問題点」鈴木忠一=三ヶ月章監修『新・実務民事訴訟講座9』(日本評論社、昭和58年)113頁参照)。法定抗告訴訟に関する行訴法の各規定が想定していない自衛隊機運航処分という特殊な行政処分に対しては、これに応じた特殊な救済方法が認められなければならないのである」と。

 従来の学説等に影響され、原告の請求とは異なる構成となったが、自主的に考え抜かれた判決である。我々が求める司法の姿が具体化された一つの見事な判決というべきである。

 控訴審(東京高判平27.7.30最高裁判所民事判例集 70巻8号2037頁)は、法定差止訴訟と捉え、午後10時から翌日午前6時までの自衛隊機の運航は、これによって周辺住民に与える被害がその運航により達成しようとする行政目的と対比して過大であり、客観的にやむを得ない事由に基づく場合を除き、原則として、自衛隊法107条5項により周辺住民に対して講ずべきものとされる災害防止等の措置義務に反し、防衛大臣に与えられた運航統括権限の範囲を逸脱又は濫用するものとして違法であり、防衛大臣は、平成28年12月31日までの間、上記の場合を除き、厚木飛行場において上記の時間帯において自衛隊の使用する航空機を運航させてはならない」と述べた。
 正面から法定差止請求と向き合ったこれまた見事な判決であった。
 「本件においては防衛大臣が自衛隊法107条5項に基づき厚木飛行場の周辺住民に対し自衛隊機の運航による騒音等の被害を受忍させることとなる事実行為としての行政処分が問題とされているのであり、前判示のとおり、周辺住民が騒音等の被害の受忍を義務付けられるのは、厚木飛行場における日常的な自衛隊機の離発着による騒音等によってもたらされている点に照らすと、差止めを求められている自衛隊機運航処分を把握することは容易であるから、対象が何であるかについては明確であるというべきであり、現に防衛大臣の所属する第1審被告においても一定性を争ってはいない。したがって、行政処分の一定性については欠けるところがないというべきである」と判示して、上記地裁判決が引用している行訴法改正の立法関係者や有力学説の限界を乗り越えたというべきである。
 この経過を受けて最高裁がどのように判断するかが注目されたのである。

4 訴訟要件

(1) 処分性

 地裁が動揺し、高裁がそれを正した論点につき、本件判決は取り上げず、調査官は「一定の処分」要件の充足、適法なものであることを判決が前提した旨書いた上で、論点としてなかなか興味深い解説をしている。
 この解説方法は、控訴審までの大きな論点につき最高裁判決が取り上げていないという状況のもとでは、必要なものであると考えられる。
 すなわち、解説は、処分性の構成は、?@防衛大臣による自衛隊機の運航命令(第一次厚木判決における補足意見は同見解に立つものと解される。)と、?A防衛大臣の権限の行使として、その命令に基づいて行われる自衛隊機の運航それ自体(第 1審及び原審は同見解に立つものと解される。)とが考えられ、理論的には興味深い論点であるものの、いずれの見解を前提とするかによって、本案要件の判断の結論を直ちに左右するものとは考えにくく、本判決においても具体的な判示はされていないから、単に処分性ありとして本案に進めばいいのだというのである。
 実にさっぱりした、すっきりした言い方ではなかろうか。
 あまりぐだぐだ言わずに、処分性はあるとして本案に向かおうという口吻である。最高裁がこのような判示をしたと調査官が言うのだから、下級審も見習えば良い。
 好感のもてる解説と言うべきである。

(2) 重大な損害を生ずるおそれ

① 本判決で最高裁がこの要件の充足を認めた意味は当然とはいえ大きい。
 調査官が、判決の引用する最判平24.2.9裁判所ウエブに依拠して、丁寧に重大な損害要件充実の理由を説くところは説得的である 。(脚注2)。

 すなわち、調査官解説は、24年判決を、差止めの訴えの適法性を基礎付ける事前救済の必要性の有無を判定する上での一般的な判断基準を示したものとする位置づけ、本件判決もこの基準に従ったものとしている。
 具体的には、24年判決の「事後的な手段により容易に救済を受けることができるか否かという損害の回復の困難な程度の考慮」として次のように判決内容をまとめている。

「Xらは、環境整備法に基づく第一種区域の指定を受けた区域(自衛隊等の航空機の離着陸等の頻繁な実施により生ずる音響に起因する障害が著しいと認められる区域として、住宅防音工事の助成の措置を行う対象とされる。)内に居住し、本件飛行場の航空機騒音により、睡眠妨害、聴取妨害、精神的作業の妨害や不快感等の精神的苦痛を反復継続的に受けており、その程度は軽視し難い」、「また、上記騒音被害は、本件飛行場において内外の情勢等に応じて配備され運航される航空機の離着陸が行われる度に発生するものであり、これを反復継続的に受けることにより蓄積していくおそれのあるものと考えられる。これらの点によると、Xらに生ずるおそれのある損害は、事後的にその違法性を争う取消訴訟等による救済になじまない性質のものということができる」。

 次に自衛隊機の運航という処分の持つ公共性と重大な損害との関係の判決内容を次のようにまとめている。

 「損害の性質や程度から、事後的な手段により容易に救済を受けることができるものといい難いことが容易に認められるような場合には、その程度等によっては、処分により得られる公共的利益の内容や性質等を踏まえても、『重大な損害を生ずるおそれ』があることを肯定してよいものと解される。本判決が、『本件飛行場における自衛隊機の運航の内容、性質を勘案しても、』『重大な損害を生ずるおそれ』があると認められると判示したのは、このような考え方を前提とするものであろう」。

 また、自衛隊機を上回る離着陸回数を持つ米軍機の騒音と重大な損害との関係について、調査官解説は、本件判決が具体的には判示していないが、「本判決が、自衛隊機及び米軍機の発する騒音により Xらに生じている被害を総体的に考察するに止まらず、『このような被害の発生に自衛隊機の運航が一定程度寄与していること』を明示的に指摘したことに照らせば 、本判決は、Xらに生じている損害の性質、程度や、損害の回復の困難性等の前提事実の下では、上記騒音の全てが自衛隊機によるものではないとしても、前記『重大な損害を生ずるおそれ』があると認められるとの理解に立ったものと解される」としている。

②以上の「重大な損害」要件についての調査官解説の妥当性は次のように評価できるであろう。

 第一は差止め訴訟の行訴法37条の4の重大な損害要件の解釈基準として、上記24年判決が打ち出した「取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるもの」でないことという要件は明文にはないものであり、この基準自身が取消訴訟中心主義思考を大いに残すものであり、私には異論がある。しかし、最高裁が打ち出し、ほぼ定着した感があるものであってみれば、本件調査官解説の上記解説はまさに調査官解説であると言わざるを得ない。
 第二に、処分の公共性との関係について、前述のように調査官はまとめた後で、自らの判断として、「37条の4第2項が『損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、(中略)処分又は裁決の内容及び性質をも勘案するものとする』と定めるところによれば、同項は、損害の回復の困難の程度と処分により得られる公共的利益とを常に同列に置いて比較検討するよう求めるものではないと解されよう」と非常に重要なことを述べる。このような明確な解釈をした評釈、学説はこれまでにはないと思われ、この調査官解説の中で、とりわけ優れた点であると言えるであろう。
 第三に、自衛隊機の運航処分を差止めるに当たって多大な米軍機の騒音をどう考えるかは重要な論点であるが、判決が差止め対象だけからの騒音でなくても差止め対象を差止めるとした結論を、調査官は差止め対象からの損害が重大であれば、損害の全てが差止め対象からでなくても良いと理解できると積極解説をしている点も重要である。

5 本案要件

(1) 問題は、本件判決が、自衛隊法が、防衛大臣の権限行使に広範な裁量を認めるとともに、騒音の発生に対し公共の安全確保のための措置義務を定めている点に対し、裁量権の逸脱濫用はないと判断した点を調査官解説がどのように述べているかである。
  本稿の目的は、調査官解説の評価であり、判決批評ではないことをここであらためて確認した上で、以下に進みたい 。(脚注3)

 本件判決は、防衛大臣の裁量を広く認め、考慮要素を丁寧に判断せずに社会通念で裁量に逸脱濫用はないと結論づけたものである。
 調査官解説は本案要件についての本件判決への解説を次のように行なっている。

 「以上のように、自衛隊法は、防衛大臣に対し、自衛隊機の運航に係る権限の行使につき広範な裁量を付与しつつも、自衛隊機の運航にその性質上必然的に伴う騒音の発生について、防衛大臣に対し、公共の安全確保のための措置を講ずる義務等を定めていることに照らし、本判決は、防衛大臣の権限の行使が裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められるときに当たるか否かを審査するに当たっては、同権限の行使が、上記のような防衛大臣の裁量権の行使としてされることを前提として、その権限の行使が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められるか否かという観点から審査を行うのが相当であり、また、その検討に当たっては、当該飛行場において継続してきた自衛隊機の運航やそれによる騒音被害等に係る事実関係を踏まえた上で、当該飛行場における自衛隊機の運航の目的等に照らした公共性や公益性の有無及び程度のみならず、上記の自衛隊機の運航による騒音により周辺住民に生ずる被害の性質及び程度、当該被害を軽減するための措置の有無や内容等を総合考慮すべきものと説示したものと解される。
 本判決は、以上の説示を前提として、Xらが差止めを求める本件飛行場における自衛隊機の運航には高度の公共性、公益性が認められること、Xらの被害は軽視できないものの、これらの被害の軽減のため、自衛隊機の運航に係る自主規制や周辺対策事業の実施など相応の対策措置が講じられていること等の事情を総合考慮し、本件飛行場において、将来にわたり上記自衛隊機の運航が行われることが、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認めることは困難であるとし、前記のとおり、防衛大臣の権限の行使が、行訴法37条の4第5項の行政庁がその処分をすることがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められるときに当たるということはできないと判断したものと考えられる」。

 この解説に、判決の趣旨や意味を曲げたり、付け加えたりした部分があるとは私は考えない。その意味で、妥当な解説というべきである。
 本件訴訟要件部分は、本件判決が従来の学説等より進んだ場面であったから、本件判決の調査官報告書を担当した調査官がその意味を縦横に展開できたものであったのに対し(逆に言えば、調査官報告書が進んでいたので判決が進んだのかもしれない)、本案部分は行政の裁量逸脱、濫用を認めなかったのであるから積極的に解説する縁はそもそもないとも言える。

(2) 最後に、解説は妥当でも、その対象となった本件判決の実体部分が、基地周辺住民の苦しみを救済しないものであることを念のために、簡潔にまとめておきたい。中心は裁量論の枠組みの誤りと騒音対策の不十分さである。

①社会通念判断

 私は社会通念判断を次のように考えて批判し続けている。
 社会通念でかたづけるなら裁判はいらないのである。
 行政の裁量の是非を判断する際、最高裁以下の判決のかなりのものが、行政裁量が社会通念に合致するか否かで決めている。本件判決もその代表の1つに名乗りを上げたものである。
 裁判を社会通念でかたづけるならそれは裁判とは言えないであろう 。(脚注4)

 ことは裁判の本質に関わる。
 現代民主国家であれば共通のことだが、日本国憲法にそくして言えば、司法権の独立を担保するために、裁判官の職権行使の独立(76条3項)と裁判官の身分保障(78条)を定めている。
 裁判官は憲法と法律に厳格に従ってその職権を行使すべきであり、その身分は強く守られているのである。憲法と法律の解釈を憲法は最終的に裁判官に委ねている。職業裁判官の職権の崇高さはここにある。
 憲法が裁判官に委ねた職権を発揮する時、憲法や法律の解釈にあたり、それは社会通念により判断すると言ったのでは憲法が与えた職権行使を放棄しているのと同じである。社会通念とは言い換えれば常識ということであるが、「常識のウソ」と名をつけた各種の書物があるように(脚注5) 、憲法に自己判断を委ねられた裁判官は、社会通念や常識といわれるものを自らの法律解釈の良心で判断し切らねばならない。

 司法権の独立を脅かす内外の動きがある。外は、大津事件、浦和事件、吹田黙祷事件など、内は、平賀書簡事件が例示される(脚注6)内の例としては、最高裁判所司法行政も上げねばならないであろう(脚注7)
  そのような動きの結果、社会通念論がはびこっている面もあるように思えてならないが、裁判官には勇気を持って乗り越えてもらいたいと思う(脚注8)

②騒音対策の不十分

 本件判決の論理矛盾は前掲福田論文やそれに引用される岡田論文(脚注9)が言うように、騒音対策として本件判決の言う「相応の対策」が講じられてもなお本件判決も言う相当深刻な被害が生じていると言う現実は、判決の論理矛盾であろう。
 その騒音実態は、1973年に定められた航空機騒音に係る環境基準と比し、40年経っても「遠くかけ離れ、その達成などおよそ検討もつかない実態」 である(脚注10)


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